「現代版・稲むらの火」――。和歌山県田辺市の照明機器メーカーが、夜の津波被害から住民を救った地元の故事にちなみ、そう名付けた災害用の投光器が注目を集めている。
高台から照射した一直線の光は最大で10キロ先まで届き、まるで陸の灯台。東日本大震災や南海トラフ巨大地震の被害想定の公表を受け、スムーズな避難につながると、問い合わせが増えている。
照明機器メーカー「アークコーポレーション」(橘登社長)が開発。広告用の照明を作っており、京都・清水寺や愛知万博でのライトアップなども手がけた。
2003年に知人から防災でも役立つのではと、指摘されたことが、開発のきっかけ。安政南海地震(1854年)で、稲束に火を放って住民を高台に避難させた広川町の「稲むらの火」を自分の照明で再現したいと橘社長が開発した。
直径約60センチの円柱状の筒の中に電球を取り付けた。筒は上下左右に動かすことができるため、高台から低地に向けたり、上空に向けたりして避難の目印にする。
軽トラックでも運びやすいよう、素材を工夫して同社の既存製品の3分の2(約300キロ)まで軽量化。筒の中に反射材を取り付け、3キロ先の地区でも直径500メートルの範囲で、月明かりの3倍以上の明るさに照らすことができるようにした。
装置がほぼ完成し、軽量化をさらに進めようとしていた時、東日本大震災が発生した。すぐに被災地に持ち込み、夜明け前の海岸で行方不明者の捜索に役立ててもらった。
そうした実績から田辺市などが今春、公共施設に導入したほか、兵庫県洲本市など海沿いの自治体を中心に20件以上の問い合わせがあるという。
先月20日、広川町であった「稲むらの火祭り」では、実行委からの依頼で松明行列のゴール地点・広八幡神社に設置。高台にある境内から約2キロ離れた町役場に向けて照らし、住民らは暗闇の中、青色の光を見上げながら同神社に向かった。
7日には白浜町の旧南紀白浜空港跡地で照射実験を行い、沿岸市町の防災担当者ら約30人が見学。串本町総務課の浜地弘貴副課長は「想像以上の明るさだ。遮蔽物がない高台に設置すれば夜でも避難しやすいのでは」と期待する。
そうした反応に手応えを感じ始めたという橘社長は「『稲むらの火』のように、この装置で多くの命を助けたい」と夢を膨らませた。(仁木翔大)
(2012年11月14日 読売新聞) |